萩尾先生の言葉

マンガ道
08 /11 2010
日本SF大会二日目、八月八日。午後十三時前頃。
お昼時で人の少ない館内を、のんびり歩いていた原作&作画コンビ。

ディーラーズルームの片隅で、そっと会場を眺める風の女性が
立っていました。オフホワイトの帽子をすこし深くかぶって、
ネームプレートはさりげなく裏返しになっています。

ふたりとも、一目で気がつきました。
萩尾望都先生だ・・・!!
(前日、メインゲスト鼎談でお顔を拝見していたのです)

認識した瞬間、通常はアクティブな原作担当が凍り付きました。
作画担当がフリーズしたその背中を、どん!と押します。
「・・・行け!!」ふだん大人しいくせに、時々男前です。


原作「あの、私たちは、この春デビューしたばかりの新人です」

萩尾先生「まぁ、そうですか」

原作「私と彼女とで原作と作画で、Yahoo!コミックで配信されました。
    原作の私の方は、十年以上前にXX誌に投稿して、最終選考で
    萩尾先生に ”もっとがんばりなさい”と・・・」

作画「”書きたいことがあるなら、もっとがんばりなさい”と」

萩尾先生「まぁ、そんなことを。若気の至りで失礼を・・・」

作画「いいんです! この人はその言葉に支えられてきたんです」

原作「そうなんです。本当のことだったから。それで、萌え小説に
    逃げなかったから、ここに来れたんです」

萩尾先生「あら。萌え小説も、悪くないと思いますよ?」

原作「ちゃんとやるべきことをやらないとダメです。今回は、作画の彼女が
    TV特撮の四コマ連載をさせていただいたご縁で、ゲストとして
    ここに来させていただきました」

作画「ケータイ捜査官7という番組です。これから企画部屋なんです」

原作「いつか、自分たちの作品でSF大会に呼ばれるようにがんばります」

  その言葉を聞いた萩尾先生は微笑んで、すっと右手を差し出して
  握手して下さいました。(原作、その瞬間に思考停止したため、作画談)

  萩尾先生の手は、心地の良い温かさでふわっとしていました。
  二人の手を順に握って、ひと呼吸置いて、ひとこと。

萩尾先生「編集に、わがままが言えるようになりましょう」
原作「えっ」

作画「ああ・・・今は、わがまま言われ放題ですから・・・」

萩尾先生「なれますよ。がんばってください」

原作&作画「ありがとうございました・・・!!」

  頭を下げた拍子に感極まって泣く原作。それを見てもらい泣きする作画。
  涙を拭って振り返ると、萩尾先生の姿は夢のように消え失せていました。
  ~~~~~~~~~~白昼夢かと思いましたが、目撃者はここにふたり。

  ほんの数分で、ここ十年以上心に抱いていた想いを告白してしまった
  原作担当は、燃え尽きて真っ白。(よく、あれだけ言えたもんだ・・・)
  その後も、三日ぐらい涙腺が緩くなるという後遺症が残りました。




しかし。改めて萩尾先生の言葉を噛みしめると、あまりに的確で。
別の意味で泣けてきます。

きっと、同じようなマンガ家の新人が沢山いたんだろう。
大昔には、萩尾先生自身も編集との闘いに苦しまれたのだろう。
その、経験から出る重い言葉。

前日のメインゲスト鼎談で、佐藤嗣麻子監督(K-20など映画監督)が、
「自分は、萩尾先生とこうやって話せるようになりたくて、監督になった。
 ”作り手”にならなきゃダメだと思ったから・・・」
 と、おっしゃっていて。まさに、そういうことなんだと思いました。


萩尾先生。本当にありがとうございました。
心地のよいアルトボイスで、迷える新人に的確なアドバイス。

マンガの神様は、すでに空に昇ってしまわれたのですが。

マンガの女神様はこうやって地上を歩いては、折にふれ
指標のように言葉を落としてゆかれるのですね・・・。
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